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カテゴリー:本の紹介

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五十嵐 敬喜さん『国立景観訴訟 自治が裁かれる』(公人の友社刊)より

「公人の友社」様サイトの紹介ページより)


 上原公子という元国立市長が国立市から訴えられていると聞いたときは、ちょっとびっくりした。上原が国立景観論争で獅子奮迅の活躍をしていたことはもちろん知っていたが、その裏で、国立市に損害賠償を命じられ、さらにそれが「進化」して、上原に約3000万円の損害賠償が請求されるとは一体どういうことなのだろう。

 上原は、もちろんこの騒動で一銭も自己の利益を図ったことはない。またこの事業者だけを狙い撃ちにしたわけではなく、市長になる以前から国立の景観を守るために、国立市に対する景観条例の直接請求や裁判を行ってきた。
 国立の市民も、国立の景観を守るために上原を市長に選び、景観論争の際は、国立市の全人口をはるかに上回る署名を何度も集めて、上原を支援した。また、市民自ら事業者に対して裁判を起こし、画期的な判決を勝ち取ってもいる。

 市民が首長個人に損害賠償を求めた裁判は、これまでもたくさんある。
 しかし、今回の事件は、上原が個人的に利益を得たというようなスキャンダルではなく、景観を守るという純粋な「政策変更」の過程で生じたものであり、その点で、従来の事件と全く異なっている。

 市長が先頭にたって頑張ると損害賠償を命じられるとしたら、現在過激な発言で知られる大阪市長等は、それこそ何十億の損害賠償を命じられてもおかしくないし、第一、こんなことで訴えられるのなら、誰も政治家になりたいなどと思わないであろう。

 なぜ上原は訴えられなければならなかったのか。
 本書はこの疑問を解くべく、上原個人や裁判の弁護団を招いて行った法政大学大学院の五十嵐・都市政策講座での検討会をきっかけに、その原因を総合的に分析・検討しようとしたものである。(「はじめに」より)
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